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zoom RSS 箱の中の壊れた心 その9 『虚飾?』の箱 真面目は損か?

<<   作成日時 : 2005/07/08 22:51   >>

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真面目は損か?
最近思うのだけれど・・・。
息子育てていて感じなかったことが、
娘を育てていて真剣に悩むほど考えることがある。
こんなに意思の疎通を取る事に苦労したか?
女の子と男の子の違いか?
男の子の方が母のいう事を割りとすんなり聞くのか?
女同士だから反発心か?
なぁ〜んて考えていたけれど、ふと昨日気づいた・・・。

5年違うだけで、
恐ろしく感じるほど教育現場は大きく変わっている。
先生の世代が違うだけで、
担任が変わると教育方針がガラリと違い子供が翻弄される。
価値観の違いなんだろうかねぇ、その影響は我が子にも大きく・・・。

子供の性格にもよるんだろうけど、
真面目な性格が時には辛いほど損をしていて、
それを補おうと子供がもがく姿は見ていて辛い。
真面目に地道に物事をこなしていくことは、
美徳ではないと感じる先生も生徒もいる・・・。
要領が良ければズルもOKで、懐いてくれば良い子と黙認か?
先生も生徒も好かれればそれだけでOKなのか?
人は人だからそれはそれで、主観の違いどうぞ勝手にと思うが・・・。

娘は自分の努力が足りないと評価を真面目に捉え、
必死に課題や宿題をこなす努力をする。
それが何かと言うと・・・、”お手伝い”という宿題。
毎日、毎日出る宿題、親のサインコメント要。
押印ならコメント無しと言うのも非常に疑問なんだが・・・、
連絡帳に「忙しくて毎日サインコメントできません。」と親が書くと、
その後はサインコメント無しでもフリーパス。
やっていなくてもすき放題書く子、印を勝手に押してくる子もいるそうだが、
バレ無い間は良い子と褒める先生。
褒められたいから色々書いて、また褒められて・・・、
これって悪循環な気がするのは私だけだろうか・・・。(-_-;)

一年生の時には確かに週末上靴洗いなんていう宿題が出て、
お母さんの大変さを少し学ぼうと出しましたと先生のコメントがあったが。
う〜ん、
もう4年生でお手伝いが宿題という年だろうか?
なんか変な気がする・・・。
本読みは共通語のイントネーションではなく訛ってるのに、
それは直さんで良いのか・・・。

わが娘、
お風呂の掃除(小学生の仕事だと中学生になったとき兄から引継ぎ)と、
プールの水着類を自分で洗濯機で洗濯し、ビーチサンダル、ゴーグル洗って干す。
(クラブユニホームを自分で洗う兄の影響なのだが)
これは自分の仕事だからお手伝いには書けないと、真面目・・・。
特別何か出来ない時は書けばと言うが、仕事とお手伝いは違うと書かない。
そんな娘が昨日夕飯食べずに食器を洗い出した・・・。
夕飯を食べなさいと言っても・・・、流しのお皿を洗うのを止めない・・・。
「そんなことより夕飯食べてお風呂入って9時には寝る方が大事だ!」と、
仕舞いには怒ると渋々止めた・・・。
「なぜ?そんな(お手伝いの)宿題にこだわる?」と聞くと、
子供達の間では嘘を書いたと言っている子が、
先生に褒められ好かれ授業中もその子達中心で当たるそうだと言う。
自分は授業中あまり当ててもらえないからと・・・。
お手伝いの宿題が子供達の間でエスカレートしているとも言う。
娘が過敏な反応をしているのだろうかとも考えたが・・・、
それにしても、
マイペース過ぎるのん気な娘が豹変したのか?
流されるほどのクラスの雰囲気に呑まれたのか?
確かな事は分からないが、私も親バカ色々な憶測が脳裏を走る・・・。
事実は後日の懇談で確認すれば良いが、
娘と話をする・・・。

何がこれから大人になるために大事か、
自分はどう思うか、どんなふうになりたいかそろそろ考えてみようと。
ごまかしで点数稼ぎは良くない、自分自身で罪悪感は無いか?
娘がどう思い感じるか時間を掛けて話しをする。
私はどう感じるか、どんな風に思うかも率直に話す。
少しづつ自我が確立されて行く中での迷いが、
娘にも生まれ始めてきている。
マイペースで疑問を消化し自分の考えにまとめていくより先に、
空洞の風船のような思考に押しつぶされかけた、話を聞いていてそんな感じを受けた。

学校で人間性を成長させるのだが、
人間性を作るのは家庭だと私は娘に言った。
目立つためにどうするかはそれぞれやり方は違うし、
全員が目立つことも無理ではないだろうか、
目立ち方もズルイ方法ではいつかは皆から嫌われることになるし、
自分のために努力することで目立つことができること、
学校は教育(勉強)を自分と同じ年の子供達はこんな感じだと知る所で、
皆が全て同じようにしなくてはいけないと硬く考えずに、
色々な子供、大人もいるのだと知る身近な場所でもあるのだと話す。
上手く話せないが思いつく限りの言葉で、
娘に理解できる言葉を探しながら私の感じることを、
子どもの頃の体験などから感じてきたことなどを伝える。

知らず知らすの内に、
はまりたくない型にはまって行くことを無意識にオカシイと感じながら、
それでも押し流されそうでもがく子供達。
結局大人に成りきっていない大人の都合の考えが、
子供を無味乾燥な型にはめて行ってしまっている気がするのは私だけだろうか。
上手く表現できないが、一言で言えば変だよ。
大人顔負けのズルイ子供も、そんな子供をかしこいと気に入る大人も、
なんだか病んでるんじゃないか?そんな気がするのだが。
何度も言うが、
それぞれの生き方はそれぞれが選ぶことだから、私は口を挟む気は無い。
色々な人と良きにしろ悪し気にしろ出会うことをプラスにし、
自分の子供達に合った判断と考えを見つけてやる努力の方に力を注ぐ。

自分は気楽に自分の生き方を自由に選択してきたのだが、
自分の子供とはいえ自分とは違う違う人格だから、
自分の考える型にはめ込むのも無理があるから・・・。
努力は惜しまず力の及ぶ限り親として人としてと思うが、
しかし・・・、
それぞれに合った生き方を子供と共に探すことは難しい・・・。
同じ親という立場だと、自分の親ってすごいよなぁと思うんだよなぁ・・・。

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