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zoom RSS 私にできること。

<<   作成日時 : 2004/10/30 03:35   >>

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私がボランティアに行かない理由。行けない理由。
遠方であること、主婦で子供を置いてまでは行けないこと。
健康の自己管理が難しいので、足手まといになる。

だから・・・、取りあえず幾つか寄付をする。

何か出来ることはないかなぁと調べてみたけれど、
見知らぬ土地柄と私が知る都市部とは地形など条件が違いすぎる。
地図を見ても細かい村が細い山間に点在、断層ごとに被害も違う。

阪神・淡路大震災の時は息子と震えて抱き合うだけで、
日常生活も何ヶ月も何も まともにできなかった。
だからと言って今、能動的に動ける状態では無い。
自宅いても何かできないかなぁ・・・、
何か自分に出来ないだろうかと憑かれたように・・・。
自分に置き換えて考えすぎて過去に戻ってしまっていて、
誰かのためと言うのではなく、
当時は知人の安否を確認しただけで何もできなかったから、
今何か役に立ちたいという自己満足的な思いからだろうけど。

結局私には義援金協力以外に何もできないことが判った。
今、やれることはやった。(._.) 

1995年震災直後の街を見ている主人と毎晩話す。
色々やっているうちに分かった事は。
当時神戸市の消火栓は特種で標準の規格より開栓する部分が大きく、
各地から救援に来た消防隊の標準規格の開栓機が合わず、
消火栓から水が取れなかった。
今は特殊な規格の部分に標準規格の部品を付けてそうですが、
人災と言ってもよい二次災害に手を出せず消防の方は、
苦汁をなめたそうです。
復興に向けて消火栓から水を使えるようにしたいと言う事で、
パイプを立ち上げ蛇口を付けた部品を数本送ったそうですが、
濁った水は生活用水には使えなかったと。

阪神・淡路大震災は都心部で確かに被害件数は多かったが、
平野部だったことから比較的近隣からの救援・支援が早く入れた。
なのにあれだけの人が二次災害で起こった火事で亡くなった・・・。
人が大勢いるから無酸素状態になるので消化剤は撒けない・・・。
消防や救助隊の努力を目にする度、
今さらながら行政のあり方を悔しく思う・・・。

新潟県中越地震では、
山間部での土砂崩れで重機が入れないから、
その先の集落の復興作業ができない。
ライフラインも集落から集落へと山間部に長く伸びるから、
街中だけ調べてでは終わるらないから調査だけでも手間取る。
その上、山間で河もありで二次災害は台風の被災地と同じ状況。
復興に手をつける前に、
復興作業をできるように重機などを搬入するための作業が、
大きな自然災害相手では数ヶ月かかってしまうこと。
地滑りや山崩れで大きな岩など諸々の悪条件があるために・・・。

大変な災害の上に大きな二次災害で、
その二次災害がまた災害を広げるかもしれない、
条件が違いすぎる・・・。
なんと言って良いのか分からない・・・。言葉にならない。
復興への条件(変な言い方ですが)は阪神・淡路大震災は恵まれていたとも思う。

災害時ににこんな動きがあったんだと改めて検証し直せた事。
 阪神・淡路大震災教訓情報資料集
      http://www.hanshin-awaji.or.jp/kyoukun/
ボランティアとは具体的に何をしどれほど大変か、
現地入り以外でもできることも有ると知ったこと。
阪神・淡路大震災の教訓を活かした民間の団体が、
いち早く協力する姿が心r強く感じたこと。
”備えあれば憂いなし”何も物質だけの事を言うのではないのだ。

色々なことが見えて、
今の私にできることは何も無いことを思い知った。
主人は当時の神戸で瓦礫の下で死んでいる人々の間を歩いた時、
何もできないことを思い知ったと・・・。(今初めて聞いた。)

復興を行政に任していてもダメ、
生活物資が欲しいから自分達で団結して復興作業をされている人々。
”自分達でできること自分達でする”力強さ。泣けてくる。
自分達の町を自分達で守り作る。
こんな日本もまだあったんだと恥ずかしながら思った。
救われたのは私の方だなぁ・・・。(、、;

長く続く不景気の中での災害どれほどの物資が届くだろうかと心配しながら、
首相がやってきた政府の改革は支援の足かせとなってなければ良いけれど・・・。

息子は帰宅するとドラえもん基金に電話、
コンビにで少しだけれどとお釣りを義援金の箱に入れたと。
私も少しづつ今の自分にできることを、
義援金の振込みやお釣りを箱に入れることを続けよう・・・。
付け焼刃ではなく普段から何かを心がけて蓄積する事、
いざという時に慌てても知識や能力が無きゃしょうがない・・・。
(今回のように。)
同じ志で団結するボランティアの組織的行動の凄さも知った。
現地入りするボランティアの後方支援と言ってくださる、
ボランティア基金へも普段から協力しよう。
平穏なささやかな時間を感謝し、
みんなが日常生活を早く取り戻される日が来る事を祈る。

日本に住む限り地震の危機からは逃げられない、
もしもの時にどう動くかをもっと知らなきゃ、
現実がどのようになっているかを過去のデータなどでもっと学ぼう。
人に生かされている世の中、
人と人との温かい心で自然と繋がっていける子育てを心がける。
そんでもって、これからも諦めず真面目な気持ちで選挙へ行く。

自分から抜け出す
私の見て知ったこと経験したことを載せる。(何かの役に立てばなぁ・・・と。)
何もできないことを再確認した、私にできること。

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
救援物資をもらえたのはホンの1部の人たちです。都会の神戸でも何も貰えずにずっと外で寝起きしてた人の方が多いですよ。私もそうです、、、全壊しても仮設住宅にも入れない、職場も失って路頭に迷いましたが、何とか立ち直ることが出来たので「私にできること」を考えると、やっぱりわずかでも募金することで、、、でもそのお金が被災者に行くのかちょっと疑問??
何も食べるものが無くなった時にあの「某暴力団」の人たちが、水と食料を配ってくれました。行政より行き届いてて、お年寄りにはわざわざ水を運んであげてたんです。
もうすぐ10年・・・まだまだ空き地がいっぱいあります。被災地の人たちはこれからが大変なんです。神戸みたいな「不公平」のないように、みなさんが元の生活に近い形に戻れますように、、、毎日祈ってます。これも「私にできること」です。
神戸の小市民
2004/10/31 00:09
神戸の小市民さん。苦境を超えて立ち直られたこと感慨無量。涙が出ます。
いち早く炊き出しをしたのも「某暴力団」だとも聞きました。
震災の直接の被害もですが、立ち直ることは私達が考える以上の苦しみ。
当たり前と思っている日常生活を送れるようになるまで、
血を吐くような苦しみがあったこと聞いております。
私の母が1ヵ月後に姫路に行った帰りに神戸を通り、小学生の時に
引き上げ先から関西に戻る時に見た戦後の広島のようだったと。
あの恐ろしい風景を2度も見るとは思わなかったと呟きました。
知っている風景が消え爆心地のような姿から今、空き地だらけですよね。
下宿先で被災した方は復興の何も援助は無かったと。「公平」とは?
心が痛み涙が出ます。あれから「私にできること」子供に伝える事。
同じ阪神間なのにという痛みから、生きていることを感謝する事。
私自身の置かれた状況を最悪とは決して思わ無い事。皆の平穏を祈る事。
激震地のみなさんのがんばりに支えられた「私にできること」です。
隅々まで被災者に行き届くのか?ふと思いしたが、気持ちだけでも募金。
あんだんて
2004/10/31 01:27
「あんだんて」さん、ありがとうございました。
神戸市の政策は「裏六甲」を重点的に開発しているので、私の住んでいる「表六甲」は復興公営住宅が建ってもすべて老人世帯。折角、何とか元の場所に小さな家を建てたのに、子供達には迷惑?? 同じ年恰好の子供が殆どいない状況です。
新潟の避難所の映像を見てると、子供さんがたくさんいらっしゃるように見えます。 この子達がバラバラになるのはかわいそうです。 また同じ学校に通えますように、、、小さなことかも知れませんが、そういうことも考えて仮設住宅等を振り分けていただけたら、、、って思います。
神戸の小市民
2004/10/31 13:41
お礼を言っていただくなんて、穴があったら入りたいです。
「表六甲」で家をもう1度個人では、厳しいと聞きました。
ましてお子様のいらっしゃるご家庭は、養育費学費がかかりますから、
諦めた方が多かったとも聞きました。
復興公営住宅も自力でが不可能な、老人世帯からとも。
どこに基準を置くか、”公平”の難しさを聞くたび感じます。
老人ばかりかためても何かと問題もでるかとは思いますが、
お子様方のいる家庭を同じ避難場所や仮設住宅に振り分けて、
そういう風にできないものかと友人と話しておりました。
子供を持つ親としてのささやかな願いですよね。
他のみなさんも勿論ですが、
3歳だった長男の記憶には鮮明に恐怖として残っていますし、
傷にならないようにケアはでますがその記憶を消す事は不可能ですから、
これ以上子供達の未来に影響する何かを失わせたく無いと、
心から思います。
子供達が楽しく遊ぶ声と笑いがあって、平和だと感じますものね。
あんだんて
2004/10/31 14:12

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