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zoom RSS 箱の中の壊れた心  その3  親族たちの箱  

<<   作成日時 : 2005/03/20 16:38   >>

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 もの心付いた頃だろうか、付き始めたころだろうか。
叔父・叔母(母の弟妹その配偶者)との私との関係、
この事を最近になって本音で話すと、
母の妹や母は「今頃、恨みがましく言ってどうして欲しいのよ!」と怒る。
恨んでは無いよぉ。 (^_^;)
恨んでも何か変わる訳でもなかったし、
今さら恨んでますと言っても反対に恨まれるしね。(~_~;)
それだけは避けたいぞ・・・。

何だろうかなぁ・・・。
叔父・叔母達、母もそうなのかなぁ〜と、
子どもの頃から感じていたんだけど、
母や叔父・叔母の心がなんとも言えない切なさをなぜか感じた。
戦争体験者で引き揚げ者で、言葉にできないほどの苦労をしてきたんだと思う。
原爆投下直後の広島駅で、汽車で一晩過ごし恐ろしい光景も見ているし。
外地米を一手に日本国内に送っていて、
戦争中は信じられないほどのお嬢様暮らし、
敗戦と同時に現地の方が手配してくださったので、
家族全員無事に帰国できたらしいけど無一文の生活が始まった。
お嬢様暮らしから、どん底の貧乏生活は、
言葉にできないほど色々な屈辱な出来事もあり傷ついたのだと思う。
母や叔父・叔母も思いもしない”箱”に、押し込められる生活となった。

私は幼稚園に入る前の4〜5歳の頃から何故か、
二つ上の兄と比べられたり、
一つ下の従妹と比べられたり、
何かある毎に「性格曲がってる。」と言われたのだが、
非常に傷ついたのだがそれ以上に叔父・叔母達に悲しさを感じた。

今は見る影も無いが(^_^;)、 子どもの頃はまあまあ可愛いと言われることもあり。
母が躾が厳しいく挨拶と女の子は愛想良くと言われていたし、
兄弟の真ん中で要領が良いのかあまり騒がず叱られない、
父が良く自分の友人達との私を集まりに連れて行くので、
大人の中でいることに妙に慣れている。
従妹は私と正反対のタイプであったこと。
叔父・叔母はなぜか母が羨ましかったようで、
母の些細なことを探しては皆で話を盛り上げた。
子供ながらに母が可愛そうだと思ったが、
母も言われるたびに頑固になり私の躾を強化した。
叔父・叔母に対して、
特に従妹の親である弟夫婦のキツイ当たりへの対抗意識で、
私を「どこに出しても恥ずかしくない娘。」にするために。
叔父・叔母の攻撃対象の箱に入れられた母と、
そんな大人の理不尽な母への攻撃に、
幼いながらに「どうしてお母さんいじめるの。」と抗議してしまった私は、
叔父・叔母に会う度に、
”淋しさのはけ口の箱”をかぶせられるようになった。

私が3〜4歳頃に兄が褒められたことを、
子供心に自分の褒めてもらえるかとマネをしたら、
「嫌な子だ。良い子ぶって。」と叔父・叔母達に初めて言われた時は、
この世が終わってしまったかのようなショックだった。
そこに居るのが耐えられなくて祖父母の家を出て、
交通量の多い当時横断歩道も無い家の目の前の国道を渡り、
大きな川の河岸に座り水面を眺めていた。
祖母が母の妹と必死で1時間以上探したそうで、
私を見つけた祖母が国道から下の河岸に向かい、
「○○!!動いちゃだめ!!」と私の名前を叫んだ顔。
母の妹に私を走って迎えにこさせて、
真っ直ぐ前を見据えたまま、
私の手を無言で痛いほど強く握り締めた祖母の顔、
「絶対ダメ!!ダメ!!」と念じている祖母の心の叫び、
「私と一緒でないと国道を渡ってはいけない!!」と、
家に戻り痛いほど抱き寄せられ約束させられた。
どこをどう歩いて河岸に座っていたのかは、今でも全く思い出せない。
ただ覚えているのは、
ただ水面がキラキラと眩しく美しく輝いていたこと、
大きなカラスアゲハが周りを飛んでいたこと、
真っ直ぐ前を見据え唇をしっかりと結び目に涙を溜めた祖母の顔と、
「何があっても、あなたはあなたなんだから。」と押し殺した声で言った事を。

叔父・叔母達が母のこき下ろしをする度に、
「お前は性格が曲がっている。」と私に言うた度に、
祖父母は「何がどうあっても、お前はお前なんだよ。」と言った。
母は父も祖父母も自分をかばってくれなかったと、今でも愚痴るが。(^_^;)

”叔父・叔母の箱”に意地でも入らないように、
叱られたことは2度としないようにしたり、
なるべく叔父・叔母のいない2階で過ごしたり、
”箱”に入れられないようにトラブルを避ける方法を考えるようになった。
「意地でも絶対曲がらないぞ!!」と心に決め祖父母の言葉を支えに、
幼い時から自我の強い子供らしくない頑固な私が育っていった。 (^^;ゞ

母達がまたこれを書いたのを知ったら、
「恨みがましく。」と言われるだろうが・・・、恨んでいる余裕は無かったんだよ。
それに高校生の頃に、
「生意気だと思ってたけど、悪かったなぁ。」と叔父さん達謝ってくれたしね。 (^.^)
今は友人達から、一本ずれて真っ直ぐと言われるが・・・。<(_ _;)>
一つ目の”箱”の話し。

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