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zoom RSS 災害は同じ (後遺症も同じ)

<<   作成日時 : 2004/10/27 11:53   >>

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『危機感 (台風・地震の被害と、ある記事を見て)』 を書いて、
思いもよらずコメントが来た事が私には驚きであり、
(私の四方山話に興味を持って頂けているとは、よもや思っていなかったので。)
実は書くにあたり心配事でもありました。

自分の体験について書き、
自分の体験を元に今起こっていることを嘆き危機感を感じ思わず書いた。
しかし、
気に止まった言葉だけを拾い偏見で見られることが多い、
これも読み手の ”個人の判断に任されている” ことから感じる危機感。

災害に関係することを書くと、面白半分興味半分で書いたと思われること。
国や自治体の非難、日本人の悪口を書いてると思われること。

読み飛ばさないでじっくり、
よく読んでくださった方は気づいていらっしゃると思いますが、
私は、誰かのために書いているのでは決して無い。
自分に関係する事だけを書くことを基本としている。
良いカッコをするつもりも無く誰かに良い顔をするためでもなく、
あくまでも自分の持つ既往症や後遺症回復のために書いている。
自分の心の中の問題点や傷を素直に表現するために、書いて吐き出しているのです。

まず見落としがちだが、同じ被災の話し。(私の体験からの説明です。)
   阪神・淡路大震災も同じではないかと思いますが、
   被災したのは兵庫県の神戸・淡路だけではありません。
   近隣の大阪もかなり被害のある地域もあり、
   それを取り囲む京都・滋賀和・歌山・奈良・岡山・広島・四国・・・
   激震地でなくても広範囲で何かしらの被害に遭われた方がいらっしゃいます。
    (参考まで : http://www.h5.dion.ne.jp/~vhanshin/pages/shinsai.html
   広範囲で被災したことには変わりは無い。

肉親も私達家族も、震度5または隣接する震度4地域で被災したうちの一人です。

家屋の倒壊など大きな被害には遭わなくても、
自宅は高層マンション最上階でかなりの揺れと、
マンション外壁の細かい亀裂は勿論、1階柱の恐ろしく大きな欠けと亀裂。
家具は幸い倒れませんでしたが食器棚の中身は3分の1外に出て粉々、
他のお宅では置いている向きによって箪笥が倒れたと。
どこからの補助も特に無く、
住民達自らの手で貯蓄した管理費を使い大掛かりな修理修繕をしました。

被災した人と関係ないところで起こる心無い出来事に触れることを、
危惧していたから今まで災害については書かなかった。
でも書いてしまったから見なかった振りをしてもしょうがないので、
ふと色々覗いて回ってみたら、驚いた・・・。

地震災害を比較する人がいたとは・・・。
ハッキリ言って不謹慎どころが、良識を疑う。
比べてどうするの?

人の意見をどうこう批評したり否定することは今もする気は無い。
今すべき事では無い・する必要も無いと思うから。
比較して非難された方は自分が逃げ出す結果を予想しなかった、
それを目にした人達は思わぬ心の傷を負った。
慌てて退散した人もそれなりの傷を負う。
”自分のしたことがどう言う結果を起こすか”
危機感が薄れたために起こった、人が人を傷付ける悲しい出来事です。
もっと大きな傷を負った方々が今同じ瞬間にかろうじて生活をしているのに、
こんな時に何をしてるんだろうと悲しく思います。
なんだか災害とは何の関係も無い気がするのですが・・・。
私は論争に加わるつもりはありません。

今も震度6弱で恐怖に苦しむ人達を自分に置き換えてなぜ考えれないのか、
自分だったらどうして欲しいとなぜ考えられないのか、
個人思想・欲得は被災された方々には悲しいほど無縁。
どうしてこんな薄情な世の中になってきたのか、
国の代表の首相が今苦しむ人の命より自分の嗜好なのか?
人の痛みが解らない”個人の判断に任されている”日本で、
今命の危機にさらされている人々の恐怖を考えていたら思わず書いていた。
自分が体験した地震の恐怖が蘇るから、早く助けてあげてと切実に思うから。
個人では限界がある早急に対処できるのは大きな力だから、
その大きな力をいとも容易く動かせる首相だから、
お願い思い出してあなたの守るべき、あなたが守れる日本人が苦しんでいる。
日本の首相だと言う事を思い出してと痛切に思ったから書いた。
悪口なんて言うつもりは無い、私も悲しいと嘆くに値する日本人の一人。

過去に地震に遭った人達も今苦しんでいる同じなのです。
地震の揺れだけでも凍るような恐怖が蘇るのに、
悲惨な状況を見る度にフラッシュバックで苦しむ方もいると思います。
過去の地震も今起こっている地震も被災者にとって同じなのです。

1995年の地震でも神戸方面に続く道路が高速の倒壊で通れませんから、
支援車両・救援隊以外は危険だからと制限され長く入れない状態でした。
実際に起こった数々の惨事は、後に生き残った者に語られて分かったこと。
報道あくまでも被害状況の1部しか映せていないのが事実、
言葉は悪いですが派手に被害を受けたと思われる所を、
被災地に入れる範囲で映しているのだとも思います。
今回の地震では被災地行きは勝手に帰りは災害救助ヘリでと、ヒドイのも・・・。
報道が仕事と言っても被災者優先でしょ、人の命より自分の写真?
今の日本人は嘆かわしいとまたぼやいてしまう。

1995年はあまりにも二次災害が大きかったが、火事は映ったがその報道はなかった。
空から見えるところだけ。
被災者の方には壁の無い共同生活でプライバシーが守られず日増しにストレスがたまる、
報道関係者が避難場所を映すのもストレスを増やす原因だと思います。
これだけ大きい災害だと非難生活が長期化。
これまで穏やかな静かな暮らしをされていた方にとっては、
毎日騒がしいのはかなりのストレスです。(私も人込みにずっといるのが苦手です)
安穏に暮らしている私でも、
ちょっと辛い事のあった夜はなおさら自分の布団でゆっくり静かに寝たい、
被災者の方はもっと切実な願いだと思います。

1995年1月17日、
激震地に住んでいて家が全壊した主人の会社の同僚の方は、
隣の府のご子息様の勤める会社の温情で社宅で避難生活を始められたのに、
ショックで数週間後亡くなられました。
知人の親族も亡くなられ、お勤め時代の先輩方も被災され、

私と息子は今でも地震があると、なんども言いますが凍るような恐怖が蘇ります。
速報で震度表示が出ない微振動でも後遺症なのか、たいてい感じてしまします。

1995年の被災直後1度だけ海路から、
主人は持てるだけの物資を持って取引先に行きましたがその後は入れませんでした。
地震があって激震地周辺の府県も電話が繋がらず、
支援車両・救援隊以外は制限され入れない状態で、
家族の安否も確かめられない、安否も伝えられ無い。

電話が繋がるようになっても他府県から掛かって来るのは制限されて、
地震発生地域周辺はどうしても繋がらず、
こちらから全く違う関東中部地方には繋がったので、
そちらの親族に電話して親がそこに電話することを祈りました。
激震地域周辺でも安否が確認できたのは地震発生から3日後でした。
電話で直接親と話せたのは1週間ほど過ぎてからだったように記憶。

震災一年後に主要道路を通過した時、
倒壊した場所のほとんど更地になっただけの町の姿。
町が崩れて復旧始めて10年経っても、いまだ更地がある神戸。
山はどう戻すのですか?戻せるの?

たまたま起こった地域が違っただけで、条件が違っただけ。
激震地でなくても家が無事に有っても、心の傷はそのまま残っています。

家は無い、食べるものも無い、電話も鉄道も道路も通じない、揺れは続く。
あわや死と言う事態に直面して恐怖を感じない人はいないとも思います。
なにもかもが隣り合わせの孤立した極限状態で、
弱音・不満を吐かない人がいるのでしょうか。
災害にあった状態が続く、極度のストレスで心身ともにどれほど辛い状態か。
被災されショックによるストレスで急死される方が出る。

とてもヒドイ現実的なことを言いますが想像してください、
肉親が亡くなっても火葬したくても住居地ではできない、
お葬式もできず手元にお骨になって肉親が戻っても埋葬もできない、
自分達が生きることがやっとの残された者の辛さ。
欲するだけ水を飲みたくても蛇口をひねっても出ない、
空腹でも冷蔵庫も無くコンロも無く、歯ブラシ1本にも事欠く生活。
お風呂は勿論ですがお風呂上りのラフな姿なんかでウロウロはできない。
恋人同士でも新婚でも円熟夫婦でも愛を確かめ合う余裕も場所も無い。
全てを失うんです。一瞬で。
どの地震の被災者であれ被災されれば状況は皆さん同じだと私は思います。

どこで地震に遭ったの問題では無く、
被害者・死亡者・倒壊した家屋の数違いでは無いです。
地図上で被害範囲を比べても大差は無い、
むしろ新潟の被害の方が広範囲となるかも・・・。
地震がその後起こらなくても、町が復興しても、
PTSD(心的外傷後ストレス障害)の症状が小さい大きいはあっても、
同じ傷を受けてその痛みと恐怖を生涯持ち続けるのは同じです。
症状が少なくても衝撃を受ける側の心の違いで、被害も大きく変わる。

ある記事を見て”人の命を何だと思ってるの”とも思いムッと来て書きはじめたが、
自分自身んの問題に触れる話題だからなかなか安易な事を書けなかった、
こんな気持ちの人間もいる事を知ろうとしないのは悲しくなる。

優劣なんて、地球規模の自然現象がそんなこと理解して起こってるの?
誰かが傷ついたことには変わりは無い。
人の命が失われたことに変わりは無い。
比べてどうするのか?

被災した人達は心に傷を持ち続けていますが、絆も強いのではと思います。
だから他人事とは思えない、同じように心が痛む。
この気持ちを理解できる心温かい私の友人達も、災害がある度に心を痛めています。
痛みは同じ。

日本列島は火山帯の上、地震帯の上に今も有る。
台風も通り道の国。
今年は無事に逃れても、来年の事は予想がつかない。
個人個人が変わらない限り同じ社会の中で、
同じ社会の仕組みの中で対処が遅れ人災で被害も大きくなる。
他人事では無いのです。
いつかはどこかで誰かが遭っているのです。
自分が会うのではという危機感。

私の心をどれだけ吐き出しても何の役にも立たない、
個人の思想・損得ではなく、
もし自分が遭遇したらと置き換えて考え、自分が恵まれていることに気付いたなら、
今、被災した方々の実益になる、微力でも何ができるか何をすべきか。
”個人の判断に任されている”のです。

安穏と生活する者の愚痴ばかりで申し訳ない。
(今できることは愚痴書き並べることでは無いです。)

災害に遭われた方々に心からお見舞い申し上げます。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
地震が様々な機能が集中している首都圏で起こったら・・・
(いや、そう遠くない将来、その可能性が特に大きい訳で)
さて、行政や報道関係は、どうするおつもりなのだろう?
TVやネット等、情報の伝達“技術”は飛躍的に発達したが、
その割には、果たしてちゃんと伝えきれているのだろうか?
(受け手側も「自分には関係ない!」じゃ困りますが・・・)
まるで他人事のように思ってる人々を見てると、恐ろしいです

当事者の苦しみが本当に判るか?と言われると、返す言葉もない
でも、もし自分がその立場ならどうする?と置き換えてみれば、
きっと何か出来る事はあるはずですから・・・

一生涯のうちに、トラブルに遭う確率って判りませんが・・・
仮にそれが、確率的には僅か「何万分の一」だったとしても、
被災者(被害者)にとっては「一分の一」なのですからね
ぴいママ
2004/10/27 13:19
私にも激震地で被災された方の苦しみは解らない。
何がしたいか何ができるかがハッキリすれば、
自分でできることも何か見つかるかなぁと思う。
それが他から見て自己満足と見えても、
何もしないよりはマシかなとも思う。

そうだよね、そしてたかが”一回”でも消えない事もある・・・。
あんだんて
2004/10/27 13:40

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