ほどよい風が好きだから♪ (^.^)

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zoom RSS 子供の心、大人の心。

<<   作成日時 : 2004/10/13 17:55   >>

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今年で40歳になろうとしている私でも、
可愛いぃ〜♪とよく言われる子どもの頃があった。 
今の姿からは想像もつかない、写真にしか留めていない子供の姿。(^_^;

息子は間もなく14歳になるが、
時々思春期で反抗した時は正面切って衝突した。
無茶苦茶な理由は反抗じゃないワガママだ!!
反抗と言うのは自分でこうだという考えがシッカリある時に抗議することだと。
苦しい事、言いたい事が多いほど奥歯を噛み締め下唇を噛む姿に、
自分の子供の頃の姿を見て心が痛む。
この子には自分の心を表にシッカリ出させてやらなくてはと、切なくなる。

間もなく9歳になる娘は、
人見知りがキツク私以外になつかない娘は、
それぞれの親の実家で一方ではガサツ強情だと言われ、
一方では私と無理に引き離され言う事を無理に聞くようにされたり、
私と娘の関係にヤキモチを焼いた主人は育て方に反発するように甘くひたすら甘ぁ〜くと、
翻弄されて育ち。
小さな頃は叱られるとワァーワァー!とこちらの声をさえぎるように大声で泣く、
癇癪を起こし大声を出していただけが成長と共に、
「泣いて大声出すばかりのワガママは聞かない!
   なぜやったかを話しなさないと解らない!」と繰り返し、
「泣くな!!理由を言え!!」と我を通す娘にいつも間にか意地の張り合い・・・。
違うそうではない、言いたい事が伝わらない・・・、
娘の為とは言え意地の張り合いに情けなくて何度も一緒に泣いた。
少しづつ根負けした娘は自分でもどうしてよいか分からず黙ってしまう。
あるとき「お母さんの言うとおりにするから。」と泣く・・・。
人と共に生きること、でも人の思い通りに生きる必要がないことを教える難しさ。
自分の心を素直に表現させてやりたくて、情けなくて何度も泣いた。

私の母は厳しく躾けて自分の理想的な娘に私を育てようとしたが、(色々な理由があり・・・。)
完ぺき主義的な母と正反対な束縛を嫌う楽天的な私にはとても重荷だった。
主人の母も自分の思うように子供が動かないとダメという絶対服従させるタイプ。
大人になっても同じでこの束縛から逃げれずにいたから、
私達の親からすでに洗礼を受けて苦悩を見て育ってきた子供達は、
”お母さんを傷つけたくない”と、変に私を気遣うところがある。
私の事は気にしなくていい私の人生を背負う必用は無い、
自分の人生なんだから自分で考えて自分の思う生き方をしなきゃ。
「そんな育て方ではダメ。あなた無茶苦茶。私に任せればちゃんと育てて上げる。」
そう言う外野の理不尽な介入やそれが原因で色々問題が多かったので、
子供にはかなりキツイ環境で厳しい育て方だが、私にはそうするしかなかった。
親の思惑に翻弄されてどれほどの苦汁をなめ続けても
自分としての生き方を認めてもらえないよりは、
自分で考えて自分で選択する生き方をしてほしいから。

親が子供の成育にさほど興味のない場合、
子供の生まれ持った素養で両極端に育つのではと思う。
精神的に優れた子供だったり、ハングリー精神のある子供だと反面教師となり成長、 (極稀)
そうでないほとんどの子供達は不安と人恋しさとの波に流されて成長。
親が子供の成育に熱心な場合、子供の素養を上手く見極めて素質を伸ばせは理想的に成長、
親の思いと子供の素養が上手く合わないと辛く、
親には「そんな子供に育てた覚えはない!!」と言われ、
子供は無茶苦茶な反抗するか、努力は認められず嫌というほどの挫折感を持ち成長、
例外的に心の平穏を保つ手段として適度に物をこなし問題を起こさず、
苦境を切るぬける術を身につけ他に害されない独自の世界感を持って成長、
親からは型破りな「何考えてるか解らない。」要注意と言う扱いをされるが。(私はこの部類)
それぞれがそれなりに大人になって行くのだと思う。

どう育てる、どう育った、子供の育児書はあるけど成育書は無い。
例え親が児童心理学を学んでも、事例に全ての子供が当てはまると思うと大間違い。

成長していく子供の中に昔の自分の姿を見るたび、
私は自分の心を母に言えなかった苦しさなんかが鮮明に蘇る。

自分の育ってきた家庭と親、そして自分、兄弟。
自分が見てきた子供達がどんな大人になったか。
どんな大人がどんな子育てをしてどんな大人を育てたか、
そして今どんな思いをしているか。
それが私の子供を育てる基準となっているから、
どんな風に感じて大人になったかを子供に話すことが多い。
子供の気持ちと大人の気持ちの変化を知ることで溝が埋まることが多いから。

大人になった私の心の中にも親への消化しきれない気持ちがまだ生きていたり、
親を見て子供の視点で色々思うことも多い。これは子供の心。
親のとして子供に物知り顔で冷静を装って話したり叱ったりする時は、大人の心。

どれだけ多くの本を読んでもどれだけ多くの知識を機械的に身につけても、心は成長しない。
本や知識を身につける時どれだけ多く心が動いたか、どれだけの多く心に何かを感じたか、
喜び、悲しみ、嬉しさ、淋しさ、怒り、切なさ、挫折感、感動、
色々な思いを多く、信頼できる人々と共感し共有できたか、
心が豊かに育っていない子供は、懐の広い大らかな大人の心は成長しない。
子供を育てていて私はそう感じる。

取り巻く環境が変わって感じ方が少し変わっても、
幼児の時代には周りの環境なんて子供は気にしていないから、
礼儀作法や躾けや善悪や基礎的なことを教え自立心を育てるのは同じだと思うけれど、
ある意味どこに危険があるか判らない野生の世界みたいな危機感のある今、
子供がどんな大人になりたいか、親も子供の素養にあった将来を考えて、
目標とする大人になるには何が必要かを想定して、育児をしなくてはいけないのかな思う。
誰が見ても大人なのは判りきっているのに、
大人だ優れているんだと必要以上に誇示しようとする、
アダルトチルドレンと呼ばれるのも今の世の中増えているし。
自分達にも子供の時代があったのに、大人だから子供の気持ちは解らないなんて
屁理屈を言う人もいるし。子供頃の自分と大人になった自分、同一人物なのに。
親が周りの環境に押し流されて右往左往してしまうことが起これば、
私達が子どもの頃より子育ては大変なんじゃないかとは思うし、
その中で育つ子供はもっと大変だとも思う。(私も過去に子供に大変な思いをさせた。)

結局、大人の心次第で子供の心がどう育つかに、大きく影響していく。
子供の心がどこかに残っているはずの大人の心。
大人の心でどれだけ子供の頃の心を活かせるか。
子供の心に大人の心をどう伝えるか。
子育て=己育て  育児=育自 同じ音なのに違うと笑って友人と話をしたことがあるが、
子供に注意しながら、子供の話しや反応に面白い驚きや目新しさを見つけ、
子供の成長と共に私の母親年齢も加齢されて行く。
  (年を取るのではなく、華麗に年を重ねたいが。)
心を伝えることは簡単なようでその人の生き方によっては難しい時が多い、
(実際私の母に、友人曰く”規格外”の私の心はいまだに上手く伝わらない・・・。)
子供達の心と自分の子供の頃の心と大人の心と、
私はいつも自分の心を覗き込み苦悩する。 (^_^;
親と子だからこそ、必ず分かり合え、解り合えることを願いながら。

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